パレスチナ刺繍

公開日: 2024年7月30日
パレスチナ刺繍帯プロジェクト代表 山本真希


2021年12月、 ”The art of embroidery in Palestine, practices, skills, knowledge and rituals” として、パレスチナの人々に受け継がれてきた「パレスチナ刺繍」が、UNESCO世界無形文化遺産に登録されました。

パレスチナ地方における刺繍ふくむ染織の歴史は古く、刺繍で装飾された衣装をエジプトのファラオに献上していたという記録も残っています。「パレスチナ刺繍」とは、パレスチナ女性が着用する衣服や、インテリアなどに施されている刺繍のことです。もともとは、農民や遊牧民が野良着を補強するための刺繍から発祥したと言われていますが、それが布を丈夫にすると同時に、身の回りの景色や日々の生活を刺繍で美しく表現するようになり、地方ごとに特色のある文様がたくさん生み出されました。例えば「糸杉」「オレンジの花」「波」「ラクダの目」「鳥」「老人の歯」などがあります。刺繍糸はシリアやレバノン産の絹を用い、綿や麻の生地に刺繍することが多かったそうです。

やがて刺繍は都市や町の女性にも広がり、エルサレムやベツレヘム、ジャッファなどの裕福な女性たちは、金糸や銀糸を用い、手間ひまかけて豪華な刺繍ドレスをつくり始めました。女性たちは幼いころから母親や祖母から刺繍を習い、自らの花嫁衣裳をつくるほどの腕前になります。ドレスだけでなく、クッションカバーやタペストリー、ハンカチ、タバコケースなど身の回りのあらゆるものが刺繍で彩られました。刺繍はパレスチナ女性の日々の生活に密接に結びついた伝統工芸であり、自分の出身の村や家族、未婚か既婚か未亡人か、その社会的な立場をも表すものでした。

1948年のイスラエル建国にともない多くのパレスチナ人が難民となってからは、状況は一転し、刺繍をする余裕はなくなってしまいました。しかし、時がたつにつれ刺繍はパレスチナ人の文化的なアイデンティティを表すものとして復興しはじめます。現在パレスチナ刺繍は、NGOや国際団体の支援により、パレスチナ自治区やヨルダン、レバノンの貧困に苦しむ難民や農村のパレスチナ女性が現金を得るための貴重な手段にもなっています。ディアスポラとなった世界中のパレスチナ女性の間では、刺繍は自分のルーツであるパレスチナの伝統文化として、また、趣味としても嗜まれています。


20世紀初頭のベツレヘム地方のドレス(ワリード・シアム駐日パレスチナ大使ファミリーのコレクション)