パレスチナの教育事情 -タウジヒについて-
昨年10月以降、ガザでは教育環境が著しく悪化しています。学校が家を失った人たちの避難場所となることで、まともに授業を行なうことができず、さらにその学校でもイスラエル軍の攻撃を受けるところが増えているからです。約62万人の子供たちが十分に教育を受けることができていないと言われます。
元々、西岸、ガザでは子供の数が多く、全人口の43%が18歳以下という人口構造です。少子高齢化社会の日本とは対照的です。資源や産業を持たないパレスチナでは「人」が最も大切な資源と言われてきました。親たちは子供の教育に大変熱心で、投資を惜しみません。「頭の中の知恵は奪われない」という考えも根底にあります。
パレスチナの教育制度は、初等教育(小学校)が4年間、中等教育(中学校)が6年間、高等教育(高校)が2年間で、その後に大学教育(4-5年間)に進みます。高校卒業までが12年間であるのは日本と同じですが、初・中・高の区分が少し違います。
受験戦争は世界中どこでも厳しいもの。パレスチナもその例外ではありません。子供たちは高校を卒業する時に「タウジヒ(Tawjihi)」という試験を受けます(日本語では「一般教育証明試験」と訳されます)。タウジヒはその後の人生を左右する非常に重大な意味を持っていて、間近に控えた家庭では、子供も親もそれで頭が一杯になります。
パレスチナの学年度は9月から翌年の6月までですが、タウジヒは12年生(17-18歳)の最後の授業から10日後の6月中旬頃に始まり、20日間続く長丁場です。試験科目は科学、文学、ビジネス、農業、工業、ITの6教科です。試験結果は百点満点で計算されます(最高スコアは99%)。
試験が終わってから20日後にパレスチナ自治政府の厳正な審査を経て、新聞などの各種メディアなどで結果が公表されます。事前に通知された登録番号ごとに結果が通知されるので、お互いスコアは分からないはずですが、大抵の場合、誰が何点を取ったかはすぐに知れ渡るようです。パレスチナはとても“オープン”で、こうしたことに隠し事はないのでしょう。結果発表の日はパレスチナの各地で、祝砲や爆竹の音が鳴り響きます。いい成績を取った子もいれば、そうでなかった子もいて、一喜一憂です。
それと同時に、この日はどの家庭にとっても子供たちが学業を無事に終えたという特別な日なのです。盛大なお祝いには、子供たちの新たな門出への祝福という大切な意味があります。
タウジヒが終わると、数日後に大学の入学試験が始まります。大学は学部毎に応募可能なタウジヒのスコアを発表するので、それに応じて、生徒は急いで願書を用意します。大学の入学試験のスコアにタウジヒのスコアが加味されることはありません。あとは大学の入試結果次第です。
タウジヒでは、男女同じ試験を受けますが、結果には男女差があって、女子生徒の方が男子生徒よりも良いそうです。男子生徒は高校を卒業後、社会に出て働き始める者も少なくありません。女子生徒にとってはタウジヒの結果で大学や就職先、結婚などのその後の人生設計が決まると言われます。
私がパレスチナで過ごした記憶の中でもタウジヒは特別です。それは職場の仲間やプロジェクトのパートナーたちがどれだけ子供たちの将来を大事に思っているかを体験できたからです。パレスチナに一日も早く平穏が戻り、若い人たちが学業に専念できて、彼らの大切な未来が失われないことを祈るばかりです。